結論から書きます。この業界は「英語が要る仕事」と「まったく要らない仕事」が、同じ業界名の中に同居しています。そして日本のM&A市場で件数がもっとも多いのは、後者のほうです。
一方で、要る領域では本当に要ります。問題は「要るかどうか」ではなく「自分が行こうとしている場所は、どちらか」を知らないまま判断してしまうことです。この記事では、仕事の中で英語が実際に登場する4つの場面を挙げ、領域ごとにどれくらい必要か、選考でスコアがどう見られているかを整理します。
まず、業界が2つに割れていることを押さえる
「M&A業界」と一語で呼ばれていますが、英語の必要度という一点で見ると、まったく別の2つの世界が入っています。
| 領域 | 扱う案件 | 英語の必要度 |
|---|---|---|
| 国内の中小企業を扱う仲介 | 後継者不在の会社と、譲り受ける会社をつなぐ | ほぼ不要。使う場面が構造的に存在しない |
| 国内案件中心のFAS・アドバイザリー | 国内の企業同士の統合・譲渡の助言 | 低い。資料が英語のことはあるが、話す場面は少ない |
| 事業会社のM&A部門(国内中心) | 自社の成長のための買収・提携 | 会社の事業範囲による |
| クロスボーダー案件を扱う領域 | 国をまたぐ買収・譲渡 | 高い。ここは実務で毎日使う |
| 外資系の金融機関・大手ファンド | 大型案件・海外拠点との連携 | 必須。選考の段階から英語で行われることがある |
英語が実際に登場する4つの場面
「英語が要る」と言われても、何をどう使うのかが分からなければ準備のしようがありません。実務で登場するのは、次の4つの場面です。そしてこの4つは、必要な英語力がそれぞれ違います。
① 資料を読む
海外の市場データ、業界レポート、相手方の会社が出している開示資料。これは「読めればよい」場面です。話す必要も、書く必要もありません。
この段階の英語は、翻訳の道具でかなり補えます。実際、国内案件中心の職場では、必要になるのはここまでであることがほとんどです。逆に言えば、読む力だけなら「あると少し楽になる」以上のものではありません。
② 書類をつくる・やりとりする
英文での資料作成、メールのやりとり。ここから、求められる水準が一段上がります。読むのと違い、間違いがそのまま相手に届くからです。
ただしこの場面は、定型に近いものが多いのも事実です。使われる言い回しの型はある程度決まっており、実務に入ってから身につけている人がほとんどです。「入る前に完成させておくべき能力」ではありません。
③ 会議で話す
ここが本当の分かれ目です。相手方の担当者、海外の助言会社、現地の関係者との打ち合わせ。会話は準備できません。
クロスボーダー案件を扱う領域では、この場面が日常的に発生します。そして、この場面が発生する職場かどうかは、求人票を読めばだいたい分かります(後述)。
④ 交渉に立ち会う
もっとも難度が高い場面です。条件を詰める場で、微妙な言い回しの違いが結果を左右します。ここまで求められるポジションは、そもそも英語ができる前提で採用されています。
求人票から「どちらの世界か」を読み取る
求人票に「クロスボーダー案件あり」と明記されているとは限りません。ですが、他の記述から読み取れます。
| 求人票の記述 | 読み取れること |
|---|---|
| 「後継者不在」「事業承継」が中心に書かれている | 国内案件中心。英語が要る場面はほぼない |
| 対象企業の規模が中小・中堅と書かれている | 国内で完結することが多い |
| 「クロスボーダー」「海外案件」の語がある | ③の会議が発生する。どの程度の頻度かを面接で聞く |
| 海外拠点・グローバルネットワークが強調されている | 連携の実務がある。時差を含めた働き方も変わる |
| 「英語力必須」「ビジネスレベル」と書かれている | ③以上。スコアだけでは通らない可能性が高い |
| 「英語力歓迎」「尚可」 | あれば加点、なくても選考は進む。①②のことが多い |
| スコアの下限が数字で書かれている | 足切りに使われている。下限に届いていなければ、先に取る |
- 「英語を使う場面は、資料を読む場面でしょうか、会議で話す場面でしょうか」——最も情報量が多い聞き方です
- 「海外案件の比率は、全体のどれくらいでしょうか」
- 「入社後に英語が必要になる場合、どの時期からでしょうか」——1年目から必要か、経験を積んでからかで準備が変わります
- 「英語の学習に対する支援はありますか」——制度がある会社は、入社時点での完成を求めていないことが多いものです
選考でスコアはどう見られているか
ここは、応募する側がいちばん気にする部分です。実態としては、次の3通りの使われ方があります。
- 足切りに使う。下限が決まっていて、届かなければ書類で落ちる。この場合、スコアを上げる以外に方法はありません
- 加点に使う。他の要素で評価が決まったあと、最後に効く。国内案件中心の職場は、たいていこちら
- ほとんど見ていない。使う場面がないので、評価項目に入っていない
領域別に、正直なところをまとめる
| 行き先 | 英語の必要度 | ないと不利になるか |
|---|---|---|
| 中小企業向けの仲介 | ほぼ不要 | ならない。評価軸が別のところにある |
| 国内中心のFAS | ①の読む場面のみ | ほぼならない。あれば加点 |
| 事業会社のM&A部門 | その会社が海外に事業を持つかで決まる | 会社次第。事業範囲を先に調べる |
| クロスボーダーを扱う部署 | ③まで必要 | なる。ここは避けられない |
| 外資系の金融機関・大手ファンド | ③④が前提 | なる。選考の入口で求められる |
事業会社のM&A部門を考えている場合、「その会社が海外でどう事業をしているか」を先に調べるのが、いちばん確実な判断材料になります。同じ「事業会社のM&A部門」でも、国内の統合しか扱わない会社と、海外の会社を買いに行く会社では、必要な力が別物です。この進路については事業会社のM&A部門という進路にまとめています。
英語をどう扱うかの戦略
- 国内案件中心の領域から入る。件数が多く、入口も広い。英語を理由にあきらめる必要はまったくありません
- 入ってから、①②の範囲を仕事の中で身につける。資料を読む場面から始まるのが自然な順番です
- スコアが足切りに使われる求人だけは、先に対処する。ここは努力の方向がはっきりしています
- 職務経歴書では、英語を「持っていない能力」として書かない。他に書くべきことがあります。書き方はM&A業界の職務経歴書の書き方を参考にしてください
- 使える領域を選ばないと、その力は評価されない。国内案件中心の職場では、加点にはなっても差にはなりません
- スコアではなく、使った場面を書く。何を、誰と、どのくらいの頻度で——具体のほうが伝わります
- 入社後のキャリアの広がりまで含めて考える。英語が使える領域は、その後の進路も変わってきます。M&A業界に入ったあとのキャリアパスも参考になります
まとめ
- M&A業界は「英語が要る仕事」と「要らない仕事」が同居している。件数が多いのは後者
- 英語が登場する場面は4つ。読む/書く・やりとりする/会議で話す/交渉に立ち会う
- ①②は入ってから追いつける。③④は入る前から求められる
- 求人票の「事業承継」「中小・中堅」は、国内完結のしるし
- スコアの使われ方は3通り。足切り/加点/見ていない。どれかを面接で確かめる
- 国内案件では、英語より「経営者と話ができるか」が重い
- 英語ができないことを理由に、業界そのものをあきらめる必要はない
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